stay wellFlex Labo stay wellWorld Academy  stay well
                                     
Flwa  合同会社 Flex Labo World Academy フレックスラボワールドアカデミー








        Atelier Flwa アトリエ フルワ 

Yoshie Mori Yoshie Mori Kentaro Mori
Watercolor水彩 Watercolor水彩 Watercolor水彩


 

Kazuo  Nozaka Yaeko Nozaka Yoshie Mori
Watercolor水彩 Watercolor水彩 Watercolor水彩










             

               Atelier Flwa アトリエ フルワ 

 Collaborated by  Kazuo Yaeko Nozaka  and  Kentaro & Yoshie Mori



高齢者4名の合作 80代70代が数十年ぶりに絵筆を握り心は少年少女。4分の1ずつ紙面を分けて3時間余

で完成。友情のコラボで過ごす楽しい感動の時は老化防止の妙薬!   Pleasant Collaboration of Friendship
Collaborated by  
Kazuo Yaeko Nozaka  and  Kentaro &
Yoshie Mori



 

                 Watercolor水彩              Yoshie Mori
 





        水彩 53x65cm  Yoshie Mori     
  
Aleopard on a tree


    









     Atelier Flwa  GuestPlaza    

 水彩 45x38cm  Takako Maruyama           水彩 41x31cm  M asuro Sato

   



          


       Flwaカラーより空き瓶や空き缶、段ボール箱などに描かれた作品の例


  トランス アート Trans-Art                      Photo by Shogo Nakamura 


   




 

 トランス アート Trans-Art                  3-e アート   3-e Art

                         

        


Stay well and Happy

 If you are thinking of throwing away things like cookie cans, candy boxes, bottles, old purses, old clothes, and so on, why don't you rethink and try to remake them into some useful items ?

 Some of the outcomes reborn with your cool ideas may please you a lot and revitalize your brain efficiently. Shown here are some examples of mine.

 For the picture "Rose Garden", I used very old hardened watercolors and crayons kept in my "Memory Box" for over 60 years. The corsage was made of an old silk dress I used to wear long long ago. Egg cases were made into colorful roses.

 It's a lot of fun to change some unnecessary things to useful ones. You'll also notice it can be a 3e (economical, ecological and enjoyable) hobby.

 Please try to spend your spare time pleasantly and create your own masterpieces, and stay well mentally and physically as long as possible.

                                        Yoshie Mori



                  トランス アート Trans-Art































             





     

   水彩  Watercolor                         水彩  Watercolor


































 

             

トランスアート   Trans-Art        Trans-Art          トランスアート       水彩  Watercolor























               アート教材 

           "Flwaカラー"  Flwa独自の水彩ベース絵の具


"Flwaカラー"とは、趣味やリハビリトレーニング等を楽しく行う為に考案された、Flwa独自の水彩
ベース絵の具です。どんな素材(紙、布、ガラス、ペットボトル、板、金属等々)にも描ける上、アクリル水彩絵の具と異なり乾燥後でも簡単に修正可能で、ガラスやプラスチックに描いた絵は何度でも満足が行くまで
拭き取り、修正してから仕上げ処理すれば色落ちも無く長期保存出来ますので、様々な試みにより描く楽しさが増します。「イキイキ健康ライフ」を目指す為に「楽しむ」ことを最重要視し、どなたにも簡単にお使い頂けるように工夫されています。応用範囲も広く、例えば家族全員で作成する「思い出絵画」では、(冗談でなく)犬、猫、小鳥、ハムスターのような、大事な家族の一員も参加できるのです。そもそも"Flwaカラー"が誕生したきっかけは、家中の壁をひっかき回るのが趣味だった愛猫との闘いでした。壁にダンボールを立てかけて防戦すると、それが気に入ってそこだけをひっかくようになったのです。その「爪痕作品」をアートとして残したくて考えたのが、"Flwaカラー"なのです。





 今は昔のように家族がゆったりと団らんを楽しめる時代ではなく、核家族化が進み、家族の絆も薄れてしまいがちの世ではありますが、限られた人生だからこそ、そして強い縁で結ばれた大切な家族だからこそ、その絆を強くする為に皆で頑張り、社会全体がもっと明るく希望に満ちた、住み心地の良い場所となることを願いFlwaも微力ながら、「イキイキ健康ライフ」のお手伝いをさせて頂きたく、各種作品例をご紹介します。趣味、リハビリ、エコアート教育、創作トレーニング、老化防止対策等々、様々な目的に楽しく幅広くお使い頂けます。

 身近な材料を再利用すれば立派なエコアートになり、エコ教育や創作トレーニングを楽しく行うことができます。経験豊かなお年寄りの知恵を拝借すれば、優れた作品が生まれることでしょう。家族の「思い出絵画」等でも、過ぎたカレンダーの裏面や、家電製品用ダンボール等を利用すると、思いがけない味わいのある作品に仕上がったりします。各人が空き時間に一筆一筆描き、完成に漕ぎつく課程もお楽しみ頂けます。それを額に納めると更に感動的です。家族が知恵を出し合い、僅かな時間でも有効利用して、手作りの額を作製するのも楽しいでしょう。ひとつの作品を仕上げる「家族の連帯感」も強くなることでしょう。

 友人達とのグループアートも、二度と戻らない大切な時代の「思い出」作品として残せれば、大変意義深いことです。高齢者施設等でも、全員参加で楽しい「共同制作」活動ができ、絵筆を持ったことがないお年寄りでも大いに楽しめ、機能改善のリハビリにもなり、楽しく明るい気持ちで過ごす時間が健康増進に良いことは言うまでもありません。

                                                             
森 祥江



             ストーリーボックス  STORY BOX





    <作品抜粋>

   見方変えればみんな好き
(1)
 青は僕の好きな色 だけど君の嫌いな色
 僕には海の色だけど
 君には憂鬱(ゆううつ)色なんだ
 僕は赤が嫌いだよ
 だけど君は大好きだ
 赤はナイフで指切った血色
 君には愛のハート色
 見方感じ方いろいろだ

(2)
 僕は黒が大嫌い だけど君はステキと言う
 僕は暗闇怖いから
 君は夜空が好きだから
 晴れた夜空は星いっぱい
 それなら僕だって黒好きさ
 僕の好物リンゴは赤い
 その赤だったら僕も好き
 見方変えればみんな好き                                                                                               





      (3)                                (4)
       僕はウキウキ黄色好き だけど君は黄色嫌い               僕は猫がダーイッ嫌い 引っ掻かれて痛かった
       黄色い服着たイジメッ子                        僕の顔見て猫のヤツ
       思い出すから嫌なんだね                        嫌な顔して逃げて行く
       僕には太陽 月の色                          だけど君にはゴロゴロニャーン
       それなら君も好きと言う                        かわいい顔した甘えん坊
       だから見方を変えれば良い                       猫は人間見てるんだ
       そうすりゃ好きになれるんだ                      僕ってそんなに嫌なヤツ?
       みんな好きになれるんだ                        ヨシキタ好かれる僕になろう

                                          見方変えればみんな好き みんな好きになれるんだ
                                          みんな仲良くなれるんだ だから見方を変えれば良い

 



         100年生きても36,500日        森 祥江


  還暦直前の冬、スキー板を担ぎスノーシューを履いて雪原を歩いてから、早や10数年経つが、「あれは此の間のこと」としか思えない時間感覚にいささか参っている。此の調子だと80歳,90歳はあっと言う間・・・恐ろしい。それなのに
気持ちは体より先にスキー板を担ぎスノーシューを履いて、あの雪原をスタスタ歩いている。
「もう止めたら?心不全になったらどうするの?救急車呼んだって来てくれないから、運良く助かったところでヨイヨイよ」と親しい友人が言った。

「ヨイヨイの意味を知ってる人、手を挙げて」、と私は周囲の友人達に声を掛けた。
「ベリーグッド」と返って来た後、別の答えはなかった。
 そうそう、それでヨイヨイ。何と言われようと私は行く。夫はあれからスノボーに挑戦しなかったけれど、スキーなら未だいける。無理さえしなければ良いのだから。

 それにしても、一体私はこれまで何日生きて来たのだろうか。
「エーッ、26、500日近く?!」
 100年生きても36,500日。と言うことは、頑張って頑張って100歳まで長生きしても、余すところあと1万日・・・。歩けば1万歩なんて直ぐ。けれど1万日あれば万歩計が壊れるくらい歩けるだろう。

「1日は86,400秒、1年は31,536,000秒、10年は3億15,360,000秒、20年は6億30,720,000秒・・・そんなに生きるの大変!
「何が大変なの?」と夫が私の計算を覗き込んだ。
「あと何秒生きるか・・・」

「さっきからブツブツそれを計算してたの? 秒数で? きっと延々と長生きするよ」
「心臓って、凄いわね。何十億回も休まず打ち続けるんだから、たまには休ませてあげたいけどそういう訳には行かないものね。ストレス厳禁だわ。雪が降ったら早速スノーシューイングに行きましょうね」

ストーリーボックス「幸せつむり」巻末のメッセージに書いたスノーシューイングから、3億数千万秒も経過したとは信じ難いが、あの時こんな事を書いている。


 [しかし・・・体はいつ迄、又、どこ迄気持ちに同行してくれるものやら。今年は軽登山で大いに体を鍛えようと思う。 今回のスノーシューイングで知ったひと味違う自然の楽しみ方。還暦リーダーの少年のような目の輝きが、私達に大きな希望を与えてくれている。年齢を重ねても、夢や心はハツラツと、何度でも楽しめる青春。これからは私達の青春を青い春ではなく、豊かな春“豊春”と呼びたい。]

 あの時の還暦リーダーは古希から数年経っても、相変わらず少年のように目を輝かせて、様々な活動にハッスルしている。友人の母親は100歳で現役ゴルファー、しかも凄腕。時の経過は勿論、老化を進める一方で経験を豊かにする。時の経過を友として、その刻一刻を大切に、健康な体と心で豊春と言える日々を送りたい。



                 針穴ほどの光でも                  森 祥江 

 難病と闘いながらもその苦しみが全く無いかのように、60度程傾けた病院のベッドでいつも明るい笑顔を見せていた聖美。唯一辛うじて動く右手を器用に動かして、本を読んだりお菓子を食べたりする姿が余りにもキビキビしていて、私は同情するよりむしろ感動しながら彼女の動作に見入っていた。義母の入院先の病院で同室だった彼女は、未だ50歳の若さで、右手以外の全身の運動機能を失うという悲劇に見舞われてしまったのだと言う。両足を切断しなければ命の保証は無いと言われながら、彼女は手術を拒み抗生物質の投与を続けて来た。

「薬で楽になるし、検査結果が悪くなっていないから嬉しい。私ね、針穴ほどの光でも見えればどんな苦しみでも乗り越えられるの」
彼女は力強い声でキッパリと言った。いつか再び歩ける日が来ることを信じているかのような口調だった。
「そうね、希望の光、それも大切な薬よね」

 義母が退院した頃、聖美も退院したので会うことは無くなったが、彼女からケータイ電話が週1回のペースで掛かって来るようになった。TVを見たり本を読んだりして過ごしている毎日だが「凄く忙しい」と言う。「お花見に行きましょうか」と誘った時には、ヘルパーや巡回医師、看護師、歯科医、整体術師、入浴サービス等々のスケジュールがぎっしり詰まっていて、日曜日しか空いていないという返事が返って来た。救いがたい身の不運だが、聖美がこれだけ多くの人達の支援で支えられている事実を知り、私は胸を撫でおろした。
 それからというもの、私は自分から電話をせずに、彼女が就寝前に掛けて来る電話で世間話をしたり彼女の容態を確認するに留めた。そして病気になる前は「お華を教えていたの。私お花が大好き」という彼女の為に、私は自分自身も大好きな花の絵を沢山描き、「聖美桜」「聖美薔薇」「聖美菊」「聖美蘭」等々、必ず彼女の名を付して贈り続けた。彼女も喜び私も楽しめて一石二鳥だった。

「お姉さん、きれいなお花の絵を有り難う。みんなベッドの周りに飾ってあるから、見てるとお花畑にいるみたいで元気が出てくるの」
 ケータイから明るく元気な声が響いて来た。
「お元気そうで安心したわ。あなたは強い人ね、あなたの声を聞いてると、私も勇気や元気が出るの。私は針穴ほどの光じゃ全然見えなかったけど、今は貴女のお陰でその光が見えるのよ」
「私ね、昔の事を思うと今は寝たきりで辛いけど、右手でご飯食べられるし、ケータイかけたりTVつけたり、本のページもめくれるし、声が出ない時はメモを書く事も出来るから幸せよ。朝起きた時なんか、寝てるうちに死ななかったことが凄く嬉しくて、今日も頑張ろうって気持ちになれるの」

 今日一日を必死に生きている聖美の心の内は、彼女の元気な声からは推し量れなかった。「相変わらず海苔巻きを毎日食べてるの?」

「そう、おいしくてつい食べ過ぎて太っちゃったの。痩せないとヘルパーさんが大変だから、ダイエットやってるの。でも海苔巻きは止めないでお菓子を食べないようにしたら3キロ減ったの」
 私は病院で彼女がご飯の上に納豆を置き、それを焼き海苔でクルッと巻いてパクッと口に入れる光景を思い出し、好きな物を食べられるうちは元気でいられるだろうと思っていた。声も大きくて姿を見なければ病人とは思えない程だった。様々な薬を飲んでいたせいか風邪もひかないということで、「お姉さん、風邪声だけど気を付けて」と私に注意を促したりしていた。

 やっと冬の寒さが遠のき体が軽くなって来た頃、私は聖美が一番好きな百合の絵を描き上げて封筒に入れた。丁度その時、電話のベルが鳴った。彼女の夫からだった。予期せぬ事ではなかったが、「お姉さん、きれいなお花の絵を有り難う」という彼女のあの弾んだ声は、もう二度と聞けなくなってしまった。

 心不全 享年54歳

 聖美が一番好きな花だったのに、「聖美百合」を見る前に逝ってしまったのが何とも心残りで哀しい。手紙には「貴女にそっくりな白百合が描けました」と書き、彼女が何と言って来るか楽しみだったのに・・・。その絵を見ては彼女を思い出し、「針穴ほどの光でも」見つめながら、希望を失わずに前向きに生きていた彼女から、私は今でも勇気を貰っている。






               冷たい温もり            森 祥江         

「此の間、凄いもの見ちゃったんですけど」
 私の学習塾に来ていた高校生と中学生の姉妹が、私の顔を見るなり興奮気味な声で言った。
「夜だったから余計気味悪かったよね」

 妹がそう言うと、姉は私の気を引くのに十分ミステリアスな表現を付け加え、神妙な顔つきをした。
「私なんか黄泉の国へ迷い込んだみたいな気分で、心臓がドキドキしました」
「黄泉の国って・・・」
「ハイ、行ったことないですけどね、あれはまさしくその世界でした」
 私の顔がいぶかしげだったと見え、姉は妹に向かって応援を求めた。
「ネー、そうだよね。黄泉の国みたいだったよね」

「ウン、どんなとこか知らないけどね。あの世でしょ。確かにピッタリそんな感じだったよね」
 妹のサバサバした口調でミステリーっぽさが薄らいだが、私は興味津々で姉妹の話に聞き入った。

 近くのコンビニへ買い物に行った際、白い小犬を抱いた老女に出会い、思わず近寄って「可愛い!」と撫でようとしたところ、老女は痩せこけた青白い顔で姉妹をチラッと見るや小犬を抱きしめ、顔をその小犬に押しつけたまま背中を丸め動かなくなってしまった。老女はかなり狼狽した様子だったと言う。街灯の下で何本もの浮き出た老女の手の血管を見ただけで、姉妹は「幽霊かと思った」程のショックを受け、その夜はなかなか寝つけなかったそうである。

 姉妹の話を聞きながら、私は老女が酷い火傷の跡でも隠す為に、犬に顔を押しつけた姿を想像していた。
「酷い火傷だったの?」
「そうじゃないんです」
「事故か何かの大きな傷跡? 顔中包帯巻いて頬かむりして、目だけギョロギョロしてたとか?」
「そうじゃなくて・・・ネー・・・」

 姉妹はうなずき合った。
「そうじゃなくて一体何だったの?」
「剥製だったんです・・・」
「エーッ、剥製って、死んだ犬ってこと?」
「生きた剥製なんていますか?」
「そうですよ、死んだ犬の剥製だったんですよ」

「ヤーネ、縫いぐるみだったんじゃないの? いい年して縫いぐるみなんか抱っこして散歩してたら頭がオカシイと思われるから、隠したんじゃない?」
「違う、あれは絶対剥製!縫いぐるみなら『孫に持って行くところなの』とか言えばいいのに、あんなに必死で隠したのは、剥製なんか抱いて自分でも異常だと思ってたからですよ」
「縫いぐるみならフワフワだし、目がクリクリ光ってて直ぐ判るけど、あの犬はガリガリで硬直してて、毛はパサパサ、目は輝きが無くて死んでるみたいで怖い感じだったんですよ」
 姉妹は瞬間的に犬を見ただけにしては、随分鋭い観察眼で眺めたものである。

「でもお婆さんが犬に顔を押しつけちゃって見えなかったんじゃないの?」
「隙間から犬の顔が見えたんです。かなり年とってから死んだみたいな感じ」
「私ら驚いて何も言えなくて、ただ『オヤスミナサイ』って言って大急ぎで道路を渡ったんですけど・・・怖かったァ」
「コンビニで何買うのか忘れちゃったよね。」
「卵とケチャップだったのにケチャップを忘れたから、まずいスパニッシュオムレツになっちゃったよね。」
「トマトがやたら酸っぱくてね」
「でもさ、お婆さんの話をしながら食べたから、おいしく出来たとしても味なんか分かんなかったと思うよ。あのお婆さん、剥製の犬と一緒にご飯食べるのかなぁ・・・」

 妹が悲しそうな顔で言った。

「本当に剥製だったら、そのお婆さん可哀想・・・。剥製にしてまで抱いていたいなんて・・・そのワンちゃんが死んだ時、どんなに辛かったでしょうね。家族がいないのかしら・・・」
「いても居場所が無いんじゃないですか?」
「夫に死なれ、犬に死なれ、独りぼっちで淋しくて、死を認めたくないんですよ、きっと・・・」

「剥製を抱いてたらいつまでも死と決別出来なくて、余計辛くないかしら・・・」
「ワンともキャンとも言わず、シッポも振らず、ご飯も食べないなんて、見てたら余計悲しいですよねぇ」
「でも病気にならなくていいかもしれないよ。もうそれ以上死ぬ心配しなくていいし、餌代もいらないから安上がりだし」

 妹が真面目な顔で現実的な話をしたので、姉と私は吹き出してしまった。

 私も愛猫に死なれた時は嘆き悲しみ、毛布に残された毛を見るだけでも辛かった。写真を見ては涙、思い出しては涙の日々が続いたが、何年も経った今では、楽しかった思い出を振り返って笑えるようになった。使っていたオモチャを握りしめたり頬ずりしたりすると涙がこぼれることもあり、老女が愛犬への想いを断ち切れない気持ちは痛い程よく分かる。しかし冷たい剥製の愛犬に家族の温もりを求めているとしたら、余りにも悲しく虚しく思えるが、それが老女にとってかけがえのない心の世界であるなら、そっとして置いてあげたい。 優しい家族がいて、老女を温かく見守っているのかもしれない。犬と散歩していた習慣を続けさせようとの愛情で、家族が剥製を作ってくれたのかもしれない。その後、姉妹も気になって、何度か同時間帯に表に立ち老女が通り掛かるのを待ったが、老女は散歩コースと時間を変えてしまったらしい。

「お婆さんに再会したら、お茶に誘ってママに話し相手になって貰えるのに・・・」
 心優しい妹の言葉が私の胸の奥までしみ通って行く。願わくば、老女にもこんな家族がいて欲しい。

 

           「幸せつむり」について 

                                                                            ストレスに弱い私達の脳は、大きな悲しみや苦しみを受けたり、それが長引いたりすると心身に異常をきたし、日常生活さえ困難になってしまうことが少なくありません。私、「幸せつむり」の著者は幼い頃、不仲の両親が争うと必ず喘息発作が起こり、非常に苦しみました。慌てた両親が懸命に、それも仲睦まじげに介護してくれると、安心した私の発作は治まったものですが、結局ふたりは後に性格不一致で離婚してしまい、私の悲しみは尽きることがありませんでした。然しながらいつしか悲しみをそらす特技が身につき、時間さえ有れば何かに夢中で取り組んだり、創作物語を書いてはその世界で遊んだりしたものです。自分が救いを求める心境にあった時は、物語に神や天使が頻繁に登場しました。                       

 私が特に花の絵を好むのも、自分が蝶になって大好きな花の上を飛び回っているような気分になれるからです。「幸せつむり」は私が強度のストレスで苦しんでいた時、神経を休める為に書いたものですが、実際、私はその作業のお陰で諸々の憂さを忘れ、時間が経つのも忘れ、そのうちにストレスも消えて行きました。幼い頃体得した「ストレスそらし術」は、その後数十年にわたり今でも特技として私の身を守ってくれています。「幸せつむり」とは「幸せ頭」の意味です。「頭を切り替えて悲しみや苦しみを軽減し、極力脳にダメージを与えないよう最善を尽くして、健康な毎日を過ごしましょう」という願いを込めています。表紙絵の中には何匹かの幸せつむりが潜んでいます。幸せつむりは現実に存在します。雨上がりの庭や公園の草花の葉の上で、太陽の光を浴びて輝いているカタツムリです。日々の健康に感謝する気持ちがあれば、小さな命が光る姿も美しく、虹色に輝いて見えるのです。                                

 「幸せつむり」の主人公少女百合香は、幼いながら病気の母親が退院する日を気丈に待ち続け、猫のナーナと一緒に庭で一匹の不思議なカタツムリを見つけます。そしてその小さな命に願いを託して、母親の快復を祈り続けます。ある日予定より早く退院が決まったという知らせに大喜びして、大事なお護り的存在のカタツムリを「幸せつむりさん」と呼び、「ありがとう」と声を掛けました。                 

 12~20編の物語や詩から成るストーリーボックスには、今後も様々な創作物語やドキュメンタリーを入れます。僅かな時間でも有効利用して積み上げて行けば、必ず何かが生まれます。イキイキ健康ライフを楽しむ上でのご参考にして頂ければ嬉しいです。                             
                                            

                                                    森 祥江